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湘南100物語

 
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湘南防災の日
2011-02-24
 この火災の対応にあたられた職員に当時の事を語って頂きました。
 当直室の電話がけたたましく鳴り響く。受話器を取ると、北斗の家担当の上ずった声が…。「子どもの部屋から、子どもの部屋から…」。時計の針は午前5時6分。ただならぬ様子に飛び起き、次の瞬間走り出した。
 当直室のドアを開け、フロントの勝手口を開け、湘南寮の実習部屋の角を曲がると、北斗の家の三角屋根から、白い煙が立ち上がるのが見えた。(やばい、急げ)猛烈にダッシュ。既に外に避難していた子ども達の安全を確認し、火元へ急ぐ。
 火元は二階の子ども部屋。急いで階段を駆け上がるが、白いもやが床を這うように漂っている。火元の部屋の前に立ったがドアの隙間から、燃え盛るオレンジの炎と熱さを感じた。(冗談じゃない、燃えてるやん)消火器を取りに下へ行き、再び二階へ戻る。火の勢い、煙の動きは早く、一瞬倒れそうになる。手で口を押さえても、もう前進できず。その場に這い蹲り消火器をまくが、空しく散るのみ。
 すぐさま一階に退散。居間の電話から119をプッシュ。「平津の湘南学園です。火事です。来て下さい。」うわずった声で助けを求めた。その間、火の勢いは一層強まり、吹き抜けの上から、火の粉が舞い落ちる。(もう駄目だ、逃げろ)隣のエスペランサの子ども達も同様に避難させた。そして何度も何度も点呼…。
 昭和59年1月、全国でも例のない木造建築の子どもの家が完成した。「木のもつ温かさ・ぬくもりの中で暮させたい…」。しかし、そんな私たちの思いとは裏腹に、耐久年数や耐火性の点から、木造建築についての厚生省(現 厚生労働省)の見解はNOだった。「燃える木の家で、どう安全に暮らすか」等と、半ば粘り勝ちで認めてもらったが…(あ〜本当に燃えてしまった)。残念だった。
 高校生の協力を得、ポンプをつなぎ放水。(消えてくれ〜)祈る思いだった。6分後、消防車の到着、放水。そして、鎮火した。
 今回の火災は、電気ストーブの消し忘れ。そこに布団がかぶり引火したのだ。ちょっとした不注意が大惨事を招いたのだ。結果、たくさんの思い出を灰にしてしまった。
その日の午後8時、焼け落ちた北斗の家の前に立つ一人の姿に気がつく。1年前卒園したT君だった。北斗の家をこよなく愛し、長男役を最後まで貫いた男。彼の人生の三分の二はこの家と共にあった。その彼が、最後の卒園生として言った。「北斗は終わった…」この瞬間、北斗の家4483日の歴史は、幕をおろした。闇の中舞う粉雪が妙に印象的だった。


【編集後記】
火災のあったあの日、私は就職活動のために湘南学園を訪れました。履歴書を持って来て見学をさせて頂く予定でしたが、湘南学園はそれどころじゃない状態でした。あまりの大変な状態に見学を申し出ることも出来ず、取り合えず履歴書を置いて帰りました。
…そして、御縁があり湘南学園の職員となって、初めての出勤日。子どもの家の前で燃えカスを触っている男の子がいました。「何しているの?」と声をかけると、「ほとんど燃えてしまったけどな、残っている物だけでもな…。」と言いながらほとんど燃えているアルバムから写真を取り出して乾かそうとしていました。私は何と声をかけていいのか分からず、ただ横で彼の手伝いをしたことを今でも鮮明に覚えています。
あれから、14年…私は“中堅”と言われる立場になりました。そして、今回この記事をまとめていると新任の職員に「昔、湘南学園で本当に火事があったんですね!!」と言われました。「あの日のことは風化させない、今後二度と繰り返すまい…」はずだったのに…。まだまだ、私たちの取り組みが不十分であると認識し、これからも次世代の職員に当時のことを語り継いでいくことが、私たちの指名だと思っています。
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